311から学ぶコロナ対策

私達が今するべきことは
誰かを責めることじゃなくて
誰かに優しくすることだ。

昨日の生配信でも熱く語ったんだけど
3月11日をきっかけに
思い出したことがあるので
自分用のメモの意味も含めて
記事にしておこうと思う。

重なる現象

偶然にも9年前の地震と津波の
あとに起こったことと同じように
新型コロナウイルスのせいで
現在、自粛ムードで日本が
ちょっとピリついている。

さまざまなお金の動きが止まって
デマを信じる人が溢れていて
生活必需品が思うように
手に入らない場合もある。

不安を募らせている人も
大勢いるんじゃないだろうか。

露呈する人柄

こういう時は素直な気持ちが
出やすくなるように感じる。

不安や恐怖、怒りを抱いたとき
人は本性を現す。

思い通りにならずにたまった
フラストレーションを
「怒鳴る」「押し付ける」といった
行為としてリアルやSNSなどで表現し
誰かにぶつけることによって
解消しようとする人。

問題点を見つけ、本質を的確に捉え、
解決の道筋を導き出して
情報を俯瞰して分析しながら
素早く行動に移す人。

こういうときの人の行動は
驚くほど差が出る。

犯人捜しは必要?

子供も大人も、ニートも政治家も
「社会を混乱させよう」だとか
「人々を不幸にしてやろう」なんて
余程のことがない限り思わない。

冷静に考えればわかることだ。

だが、どうだろう?

テレビにもネットにも
誰かのせいにしようと
犯人捜しをする様子が多数みられる。

政治家のせいにしたり
医者のせいにしたり
自治体のせいにしたり
大きな声で人を責める様子を
見つけることは容易い。

果たして、それは必要な行為なのか。

自粛ムードが生む攻撃

9年前の今日、東日本大震災が起き
甚大な被害が明らかになるにつれ
世間は自粛ムードに包まれた。

地震や津波での直接的な
被害を受けなかったものの
当時、バンドマンとして小さな
芸能事務所に所属していた私は
軒並みイベントが中止になり
お金が回らなくなった
スポンサーも離れていき
事務所ごと転覆の危機だった。

CDの売り上げを全額寄付しようと
義援金を集めるために行った
電気を使わないアコースティックの
野外フリーライブは、知らない人から
「不謹慎だ」という言葉を
浴びせられることが当たり前だった。

挙句の果て、ライブで集めた義援金を
「こちらで管理しておく」と言った
事務所社長は、そのままパッタリと
連絡が取れなくなった。

ライブを見てくれたお客様から集まった義援金と
同額のお金を
バンドメンバー4人で貯めて
予定の数か月後に寄付しました

復興とは何か

誰かを攻撃することは
一時的なストレス発散に
なるかもしれない。

しかし、肝心の問題が
何一つ解決していないため
ストレスは再びすぐ溜まる。

「不謹慎だ」と中止にした
エンターテイメントのせいで
心の余裕が不足してギスギスして
誰かに八つ当たりしたくなる。

これは、我々が求めている
結果ではないはずだ。

復興とは何だろうか。

物理的・金銭的なものと
精神的なものが相俟って
幸せに暮らしていくことでは
ないだろうか。

するべきこと

だとしたら、私達のするべきことは
誰かを攻撃することではない。

もうわかるはずだ。

私達が今するべきことは
誰かを責めることじゃなくて
誰かに優しくすることだ。

自分に守りたいものがあるように
相手にも大切にしているものが
あることを忘れてはならない。

子供も大人も、ニートも政治家も
自分とその家族を守りたい。
そして、自分と家族の心も
大切にしたいと思っているんだ。

まとめ

こういう時には人の本性が出やすい。

でも、考え方は「気づき」で変わる。

これまでに誰かを責めてしまった人は
今から少しずつ優しくなればいい。

誰かにも、自分にもね。

まず、今から目の前の人に
優しくしてみるのはどうだろうか。

我々があのとき見た「絆」を
もう一度、見せるときが
今、やってきている。