世界中の人の中から自分を選んでもらう方法
彼は言った。
「僕は、商品だけを
買ってもらっているんじゃないんです。
僕の人柄も一緒に
買ってもらっているんです。」
みなさんは物を買う時
どのような基準で選びますか?
その商品やサービスがどこででも
手に入るものだとしたら。
■PHS販売員時代
所属していた芸能事務所の社長と
大喧嘩して事務所をやめたあと
収入を得る先がなくなった私は
派遣社員として某通信会社に
2年ほど勤めたことがあった。
そこで私はとても貴重な経験をした。
当時はiPhone5sやXperiaZ3など
人々のポケットの中身が
ガラケーからスマートフォンに代わって
ずいぶん経った頃だった。
私が勤めた某通信会社は
PHS……つまり2世代も3世代も前の
商品を扱っていて
販売員たちはそれはもう必死になって
販売台数を上げようとしていた。
■普通にやっていたのでは売れない
神奈川県の横浜市と鎌倉市の境目にある
郊外の某家電量販店のケータイコーナーに
配属された私は、厳しい現実を
目の当たりにする。
いろんな機能が搭載された
ハイスペックなスマートフォンが
飛ぶように売れる中、
電話とメール、そして
通信速度の遅い小さな画面の
ケータイ用インターネットしかできない
PHSを売るのは至難の業だった。
当時、もうすでに
若者のスマートフォン利用は
飽和しつつあって、
シニア層やキッズ層に
新規顧客を求める段階に入っていた。
おじいちゃんおばあちゃんが
次々と「らくらくスマホ」に変更し
ガラケーを手放す中、
そのガラケーよりもマイナーなものを
販売しなくてはならないのだ。
売り上げに興味のない販売員は
一日中売り場に突っ立っていた。
そう。
普通にやっていたって
ちっとも売れないのだ。
■自分のスタイル
そこで私は必死に仕事を覚えた。
覚えるついでに、
販売初心者だからこそ気づく
専門用語の難しさや料金プランの複雑さを
ひとつひとつ調べて、一般のお客様にも
理解していただけるような言葉にしたり
見た目にもわかりやすいよう図解した
資料をつくったりした。
そして何とか自分が販売する商品の
メリットをひねりだした。
他社の商品や料金プランについても調べて
比較し、自社商品の強みを見つけた。
さらにやり手の先輩販売員の
販売手法を徹底的に真似てアレンジして
自分のスタイルを作った。
その成果あってか、最初の1年目で
同じエリアの販売員仲間たちに
名前を覚えてもらえるようになった。
■新入社員O君との出会い
ある日、私のいた現場に
年下新入社員のO君が配属された。
明るくハキハキした好青年だった。
彼は仕事を覚えるのがとても早く
販売のセンスも抜群で
次々とお客様の心を掴んでいった。
私が1年かけて達成した売り上げ実績を
さらりと超えてしまう勢いだった。
そのスタイルに、私は衝撃を受けた。
お客様と売り場で商品の話をしないのだ。
いわゆる「世間話」をしながら
お客様が必要としている物の
ヒントを探っていく。
ひとりひとりのお客様に合わせた提案を
しっかりとしていたのだ。
■自分にしかできないこと
帰り道、彼と電車が
一緒になったことがあった。
私は彼の販売スタイルに
感動したことを伝えた。
すると彼はうれしそうな顔で
こう言った。
「僕は、商品だけを
買ってもらっているんじゃないんです。
僕の人柄も一緒に
買ってもらっているんです。」
彼は昔、家庭の事情があって
高校を卒業できなかったそうだ。
でも大卒の人たちに負けたくなかった。
だから自分にできることを
いや、自分にしかできないことを
探したんだそうだ。
そして自分の強みを見つけた。
それが、
彼の人柄を買ってもらうことだった。
■自分のファンになってもらう
私たちが扱っていた商品は
日本全国、同じものがどこでも買えた。
お客様からすれば、
わざわざ自分のところで
買わなくてもいいわけだ。
自宅から近いところ
駅から歩いて行けるところ
どこだって同じ商品を買えるのだから。
では、どうやって
自分から商品を買ってもらうのか。
その答えは
「この人から買いたい」と思ってもらう、
つまり自分のファンに
なってもらうことだったのだ。
■学歴に負けない信念
その後、彼はヘッドハンティングされ
新しく立ち上がった通信会社に入社し
今では大卒の部下たちを多く受け持つ
部長になった。
学歴に負けたくなかった
彼の信念は間違っていなかった。
むしろ、多くの人に感動を与え
多くのファンを生み出し続けていった。
■トップクラスへ
一方、そんな彼の姿に刺激を受けた私は
その会社で成績をじわじわと上げていき
2年目でトップクラスの販売成績を出した。
全国で数名しか通らない
社内資格の試験にも合格し
一目置かれるようになったが
どうしても販売実績1位がとれなかった。
いつのまにか数字に
追われるようになっていた
自分に嫌気がさしていたころだった。
■エキスパート研修
社内の「エキスパート」と呼ばれる
資格の保有者のみが受けられる研修で
またもや私は衝撃を受ける。
講師のSさんは厳しいことで有名だった。
みんな彼を恐れて、
彼の前では背筋をピンと伸ばした。
私はそんな彼のファンだった。
仕事に対する考え方が好きだったからだ。
■講師Sさんの言葉
研修の中、壇上で彼は言った。
「プロフェッショナルの販売員は
お客様を満足させることができる。
しかし、エキスパートの販売員は
お客様を感動させることができる。」
「熱は伝播する。心から商品を愛し
心からお客様の幸せを考えること。」
「上司から販売台数のことで
やかましく言われるかもしれない。
しかし、大切なことは
目の前の数字でなはく、お客様に満足
……いや感動していただく事だ!」
その言葉に、
私は感動を抑えられなかった。
数字ばかりを気にしていた私に
足りなかったのはこれだった。
この言葉を手帳にメモして
事あるごとに眺めた。
■念願の1位…そして新たなステージへ
それから3か月後、ついに
販売台数1位を獲得した。
某PHSメーカーの販売コンテストでも
入賞することができ
入賞者賞品の京都旅行にも行った。
不思議なもので、
この時期から本業の音楽活動も
薬剤師のテーマソング制作や
映画の主題歌と劇中歌の制作が決まり
売り上げが立つようになってきた。
その後、再び音楽に力を入れるため
PHSの販売の現場を
後にすることになったけれど
この時の経験は今でも大切な財産だ。
■自分を選んでもらうために
今は誰もがポケットの中のスマホから
いつでもどこでも物を買えるようになった。
わざわざ売り場に行かなくてもいいのだ。
今後、さらにネットでの売買は
盛んになっていくだろう。
職業やステージが何であれ
人間やAI、関係なく
世界中の選択肢の中から自分を選んでもらい
お客様に感動していただくために
この時の経験を忘れないでいたい。