怒りの話

「ミユキさんってさ、
全然怒らないよね」
ダーリンにそう言われた。
……気にしていなかったけど、
確かに、しばらく怒っていない。

昔は全く違った。

15年くらい前は、
とんでもなく神経質で、
少しでも何か合わない事があると、
すぐにキレ散らかすタイプだった。

特に音楽に対するこだわりが強くて、
何度怒りを表現したかわからない。

「思考は顔に出る」というのは本当で、
見た目もかなり尖っていた。

性格が変わったのは
10年前あたりからだと思う。

怒っても仕方ないし、
怒ることによって
状況が悪化することの方が
はるかに多いということに
気がついたのだ。

わかってほしいはずの自分の思いは
少しも伝わらなくなるし、
それどころか
「あの人すぐ怒るから避けよう」
と思われて、表面だけの付き合いになり
心が通い合わなくなる。

本末転倒なのだ。

それに、怒りのパワーは通り過ぎると
ものすごい疲労感をもたらす。
人が離れていく喪失感もある。
言い過ぎだかもしれないという
罪悪感もあれば、
どうしよう……という恐怖感もある。
私にとっては精神的にもよくなかった。

冷静に考えてみると、怒ったって、
ちっともいいことがない。

だから、怒るのをやめた。
ただ、言いたいことを
我慢するのとは全く違う。

カッとなっても深呼吸する
簡単な訓練からスタートして、
自分の思いを冷静に客観的要素を
交えながら話すように心がけた。

思いは
「相手に伝わりやすいような言い方」
でちゃーんと伝えるのだ。

すると、いつの間にか、
ちょっとやそっとじゃカッと
ならなくなった。
相手の事情を考える余裕ができたのだ。

相手は自分じゃない。
全く別の人生を歩んできた人。

自分の当たり前は、
その人の当たり前ではないのだ。
「こんなの経験に
裏付けされているじゃないか」
と思っている事象も、
その人にとっては
初めて経験することなのかも
しれないのだ。

人生において、
本当に大切なことは10%程度で、
残りの90%は割とどっちでも
大丈夫なことだったりする。

即ち、「絶対にこうあるべきだ」
という事象はほんのひと握りだ。

思考の余裕をもって、視野を広く、
なるべくいろんな角度で情報をとらえ、
他の考え方も認めながら
生きるようにすれば、
怒ることなんて滅多になくなる。
ただ、それだけの話なのだ。

仲間でも、友達でも、夫婦でも、
親子でも、他人でも、
これは共通している。

「自分が変われば世界が変わる」
この言葉は本当だった。

あの日、生きにくかった世界は、
今では恥ずかしげもなく、
堂々と幸せに包まれている。

「怒り」を選択するのも自由。
「怒り」を選択しないのも自由。

おためしあれ。